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津波到達時に海に近いところにいた夏風馨です。
こんばんは。
東北地方は言わずもがなですが、関東も大変だったようで……。
幸いにも当方は大きな被害はありませんでした。

地震があった時、私は小児科病棟におりまして。
最初はあれ揺れてるかな、程度だったのですがどんどん揺れて揺れて慌てて病棟
の安全確認をしたのですよ。
因みにこの時、看護師さん達が揺れの指標にしたのは何故かプリンタの上に置か
れていた点滴ボトルでした。敢えて言うとソリタT3です(笑)。
小児科病棟は患者さんは子供さんですが、付き添いのお母さんもいますので、そ
の対応も大変です。
でも、お母さんがいなかった場合はもっと大変です。
たまたまお母さんが家に帰っていたりなんかすると、お子さんは不安ですから。
良い子だとね、逆に我慢してる姿が本当に健気なのですよ。
よく頑張ったねってお母さんが地震後血相変えて帰ってきた時にお子さんを褒め
てしまいました。
うん、でも、本当によく頑張ったよ。

さてさて、この地震で実家に連絡しようにも連絡付かず。
携帯電話ってやっぱ脆いよね、と実感したのでした。
そんなことよりももう精神的にざわざわしてどうにもならない自分がいる。
結局、はたと災害時に一番使えるのは公衆電話という言葉を思い出して公衆電話
へ走って自宅に掛けたら繋がりました。
曰く、震度5弱で我が家はぐちゃっとなったらしい(偶然にも家を片付けてる最中
だったから物が雑然と置かれていたせいもあるらしい)。
でも無事だったので安心した……が、父方の実家には連絡付かず。
父方の実家は大平洋から1kmくらいしかないのでまだざわざわしてどうにもなら
ない自分がいたりする。
気付けば当該地域は大津波警報発令区域となっていました。
大津波警報!?
何せ職場にはテレビなんぞないので状況が把握しきれていなかった。
たまたま戻った研修医室で2年目の先輩と逢えて色々情報交換できましたけど。
……大津波警報が出たらちゃんと避難はしていると思うが(いつも夏風家はち
ゃんと迅速に避難できているし)、心配である。何せ連絡できないし。
しかして街が分断するのを私はすっかり忘れてた。
そう言えば、この街は中心に川が流れてるから!
しかも中心が海辺。
取り敢えず、救急体制も建て直すことになったり(最初は病院規定的には医師は
全員宿泊義務になるかもと言う話になったりしたとかしないとか)。

大騒ぎでしたが、迅速に当直表もできあがった辺りは流石なのかもしれない。

で、本当は今夜は小児科の先生と飲もうって話してたけれど大津波警報だからと
言う理由で保留。
まず部屋戻ろうとしたら内科医局が騒がしい。
興味本意で覗いたらアニー先生とY先生がいた。
どうもこんな日に講演会らしい。
間違ってるよ、色んな意味で。
とか思っていたら、私の声に反応したらしい信楽焼先生が隣の医局から顔を出し
てきた。
「なっちゃん! ファイバー先生の講演会、行くよね!? 」
何の話ですか……っ!?
しかも、内科のドンの講演なのか。
来月からお世話になるのに行かなかったら気まずいよね。
「しょ、小児科に確認取ってきます」
カメ先生に急いで接触。
「あの、実は今日内科のファイバー先生の講演会があるらしくて……」
「それは行かないと殺されるな! 」
そうなんだ、やっぱり。
そんな訳でどう考えても津波危険区域に入るんじゃないかなと思いつつも会場の
ホテルへ。
言わせてもらおう。
聴衆はほぼオール身内でしたけど、何か。
まぁ肝炎の復習にはなった。途中で一時的に信楽焼先生ががっつり寝たりとかし
た上に起きた瞬間机が激震した以外は良かった。
意見交換会と言う名の立食夕食を食べたのだけれど、何せ不安が胸で疼くせいで
精神不安定。
過食しました。
だって、お寿司5貫にお刺身にステーキにケーキ5個っておかしいと思うんだ。
いつもの3倍は食べたと思う。
ケーキの段になって、F先生からどうしたのと言われるまで気付かなかったけど
ね。

帰りはまぁF先生は彼氏と帰っていきました。
そして残されたアニー先生とY先生と私。
「あ、僕は別で帰りますから」
謎の一言を残してアニー先生は去り、結局Y先生と二人で帰ることに。
流石にまだ寒いのでタクシーを使った。
タクシーの運転手さんに訊いたところ、川の水が溢れて、観光施設と某高級ホテ
ルは浸水したらしいことが発覚。

「見に行けば良かった……」
「ダメ、絶対! 」
思わず42歳を叱り付けてみた。

帰って気付く。
独りでいるより、あんなシスコン駄目兄貴でも一緒にいてくれたら凄く良いんだ
ということに。
実はここで不安だったことに気付いた。

取り敢えず、両親に私は無事だよって再度連絡しに公衆電話へ。
100円入れて話していたが、何かおかしい。
はったと気付いた。
これは……公衆電話が開放されている!?
実際切れた瞬間入れた100円硬貨がジャラジャラ落ちてきました。
災害時の公衆電話開放処置ですね、これは。
とにかく、父が帰れていない上に私を心配してたと言うので父の会社に掛けた
ら、何故か父の仕事の同僚にまで電話が回るとか。
でも無事で良かった。

ここだと津波の心配もあんまりないと思うけれど、漠然とした不安と闘います。
後は感冒と。


朝になって、これが夢だったら良いのに……
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