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口から先に生まれてきたのかもしれないと思った夏風馨です。
こんばんは。
先日ふと思ってそうだとしたら難産だよなとか思って。
顔位とかだからさ……異常分娩。
あの慣用表現って言うのか……難しい事言うよね。
まぁ親の背を見て育った結果とも言える。

そんな訳で、以下愚痴です。
本当に愚痴愚痴してます。

親の背を見て育つてとはよく言ったものだと思う。
子供への愛情表現は親から受けたものから多分に影響を受けている。
親から受けた嫌だった事を結局子供にしてしまう例、被虐待児が親になった時に愛情を上手く表現できずに苦しむ例がそれだ。苦しむのはまだ良い方で、自覚なしに当然のように子に同じ事をする場合だってある。
自分がされたくなかった事をしないためにはその現実をしっかり見据えなければならない。
辛かった自分と向き合い、それを繰り返さないようにする事は他人が思うほど簡単ではない。

血の繋がり、絆を持った親子でさえそうなのだ。
これが他人に対してだったらどうだろうか。
自分がされて嫌だった事をしない、と言うのは当たり前だと思っていた。
実際に多くの人がそれに賛同してくれる筈と信じている。
しかし、それができるかどうかはまた別問題なのかもしれない。
しかし、私も何か間違えたと思う。
後輩達を見て思う。
その学年がそうだから、と後輩達は言ったけれど、それはそこまで関係はないと私は思っているのですよ。
無関係とは言わないけれども、私は実際関係なく6年間を過ごしたし(まぁちょっと浮いたけれど)、学年のカラーで済まされる問題ではないだろう。

東医研に遺してきたものは、最後に“過ち”だったのだろうか。
後輩をしっかり育てられなかった。
私が良かれと思ってやった事が最終的に仇となったのだろうか。
代表を引いてから、私は東医研から遠ざかった。
それは不可抗力もあったが、意識した分もあった。
在任期間の長かった私はいつまでもいてはいけないと思った。
後輩達は後輩達の望む東医研を築けば良い。
そのためには過去の人間が色々言ってはいけない。
彼らの望みが同じとは限らない。
同じ繰り返しで良いものではない。
進化するためには新しい考えが必要。
助けが必要とならば、最大限に助力はするけれど、それ以上は決してしない。
それが必要。
甘やかしても何も生まれない。
しかし、それでも言わなければならない事があったのかもしれないと今になって思う。
前幹部の時から少々問題だと思っていたが、ここにきて同じ事を繰り返そうとしている。
私が気付いていながらそのリスクの芽を摘まなかったのは罪だ。
恐らくこのまま行けば更に悪くなる。
私は春からはこの地を離れる身なので、もう何も言えないと思っていたので最低限だけ念を押した。
何も言わずに悪化するのを見過ごすのは耐えられなかった。
これは私のエゴだろうか。
けれど、彼女のためにも言っておいた方が良いと言う持論が最後に頭をもたげてしまった。
たとえ煙たがられるのが解っていても。
人のために敢えて嫌われる事を言うのは大切だと思っている。

余談だが、ある後輩からこう言われた。
「夏先輩はどうしてそんなに東医研を愛せるんですか」
愛している? 私が?
そんなつもりは全くなかった。
勿論、自ら代表を務める時は私の最優先事項は東医研だった。
言わせてもらえば、友情よりも恋愛よりもだった。
でも、それが代表を務める上で当然だと思っていた。
だってそれだけの責任があるから。
代表になるって言うのはどんだけ周りに仕事を分け与えたとしても責任を取るべき人間で、組織にとって、組織の人間にとって何が最も最善かを考える人間なのだと友人から教わった。
そして、私は代表とはその覚悟がないならやってはいけないと考えている。
勿論、意見には個人差がありますので、聞き流していただいて結構ですけれどね。
こんな大それた事を言っていても、決っして他人に誇れるような事はできなかった。
東医研の今の姿は私の責任でもある。
それを否定などしないし、甘んじて受けるしかない。
私が東医研を愛しているなら、恐らくこんな風にはしなかった。
愛と言うなら、その愛が足りなかった。
中途半端な自分を殴りたくなる。
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